「・・・嫌いなの?」

「ああ、嫌いだ。だから・・」


――ブツッ
音声はそこで途切れた。 あとに残るのは、静寂のみ。
通信用ゴーレムを手に、長身の男が口元に笑みを浮かべていた。









「「別れた?」」

「そうみたいだね」


にっこりと、至極喜ばしいことのように顔を綻ばせるコムイを見上げるアレンとラビ。 相変わらず書類が散乱した部屋に呼び出され、リナリー特製コーヒーを啜るコムイから聞いたのは次の任務の話などではなくと神田の別れ話だった。


「邪魔し続けた甲斐があったよー」


清々しいほどにはしゃぐコムイを余所に、二人は複雑な表情を浮かべた。


「(・・素直に喜んでいいのかなぁ?)」

「(ユウはともかくが可哀相さ)」


勿論、アレンもラビものことは好きだ。 それはもう、彼氏である神田を抹殺したいくらいに。 勿論リナリーと同じくも溺愛しているコムイにとっても神田は邪魔な存在な訳で、その存在の急な撤退にはしゃぐ気持ちはわかる。 しかし、がフラれたのだと聞けば手放しでは喜べないのも事実だった。


「て訳だけど、別れたからってに手を出したら承知しないからね二人共☆」


最後にしっかりと釘を刺されて、コムイの話は終わった。


「あれが言いたかったんですね・・」

「コムイも大好きだからなー」


帰り際に渡されたの通信用ゴーレムを見遣り、ラビは苦笑した。アレンも苦笑を返す。


「僕は任務があるので。手伝えなくてすいません」

「いいさ、頑張れよー」


アレンに手を振って、ラビもコムイの部屋の前を離れる。 にゴーレムを渡すよう頼まれたのはいいが、は自室にも食堂にもいなかった為、教団内を歩き回って探す。 壊れていたらしいのゴーレムも、今ではラビの頭の上をせわしなく飛び回って主を探していた。


「残るは図書館か」


あまり人の気配が感じられないその中を念入りに調べていく。最奥の棚に、が背を預けているのが見えた。


「やぁっと見つけたさ」

「!ラビ!」


読んでいた本をさっと背に隠し、は焦ったように口を開いた。


「ど、どうしたの?」

「ん、コレ」


頭上を見上げるラビの視線を辿り、ゴーレムを見付けて漸く理解する。 ほっと笑顔を見せる。


「コムイさんに頼まれたのね。ありがとう」

「どーいたしまして。それより何してたんさ?」

「え、あ、ちょっと調べ物・・」

「ふーん?じゃあ何で隠すんさ?」

「あ、ラビ!」


じりじりと壁に追い詰め、が後ろ手に隠した本を取り上げたラビは、タイトルを読み上げる。


「"蕎麦粉で作るデザート"?」

「やだ、ラビ!しーっ!」


慌てたように人差し指を口元にあてるは顔が真っ赤で、何を意味しているかなんて易々と想像出来る。


「ユウにあげるんか?」

「う、うん」

「そっか・・(フラれてもユウが好きなんか・・)」

「(え、何?なんかラビ沈んでる?)・・あ、もちろんラビの分も作るからね」


がくりと肩を落とすラビを目の当たりにして、チョコの心配をしていると勘違いしたは慌てて繕う。 それを聞いて一瞬考えるようなそぶりを見せたラビは、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべてに顔を近付けた。


「俺、チョコより欲しいもんがあるんさ」

「何?」


首を傾げて頭上のラビを見上げるには、ラビの笑みが更に深いものとなったのが確認できた。 何か嫌な予感を感じながらも、先ほど壁に追いやられたままの体制であることに今更気付く。




「え?」

が欲」


ドガァン!
途切れたラビの台詞と共に、何か鈍い音が図書館に響く。 驚いて眼を伏せていたの耳に、小さくいつもの舌打ちが聞こえた。


「チッ・・万年発情兎が」

「・・・ユウ?」

「お前も何してやがる」

「え?・・あ、ラビ!」


先ほどまでの間近にいたラビが、数m先で本に埋まってがっくりと項垂れている。 その光景に絶句して固まるの腕を掴み、神田は足早に図書館を後にした。


「ユウ、あの、ラビ・・」

「あ゛ぁ?」

「・・・何でもないです」


神田の迫力に押されたまま黙って廊下を歩く。 静かな廊下には、二人分の足音だけが響く。 腕は未だ、掴まれたまま。


「男と二人きりになるなっつっただろ」

「ラビだよ?」

「ラビは女か?」

「・・イイエ」


神田がイライラしているのは伝わってくる。 けれど何にこんなにイラついているのかがわからないは、困ったように頭を垂れた。 神田は元来嫉妬深い方ではあるが、ラビを吹っ飛ばすほどのことをしたのは初めてだ。 何かあったのだろうが、には思い当たることは無い。 沈黙のまま長い廊下を半分ほど進んだところで、神田は漸く切り出した。


「お前、知ってたか?」

「え、何?」

「俺とお前が、別れたって噂」


返事を返す間もなく固まったに合わせて神田も立ち止まる。 は眉根を寄せたまま神田をじっと見ていた。 その様子からやはり聞いていなかったのだと知った神田は、少しほっとしたようにまた口を開く。


「お前のゴーレム、壊れて音声しか入らなくなってたろ」

「う、うん」

「それに入ってたんだとよ。この間の話」


───甘いの、嫌いなの?

───ああ、嫌いだ。だから・・・


思い出して顔が赤くなる。 あれを全て聞かれていたとなると、かなり恥ずかしい。 それを察したのか、神田はの頭上に手を乗せて意地悪く笑った。


「安心しろ、途中で切れてた」

「そ、そうなんだ」

「だからちゃんと訂正しといてやったぜ」


胸を撫で下ろしたの耳元で、神田は笑みを深める。


「チョコの代わりにを貰うって約束だ、ってな」

「ユ、ユウ!」

「何なら今からでもいいぜ?」


真っ赤になったに唇を寄せる神田。 しかし廊下のど真ん中でのその行為に目撃者がいないはずがなく、また噂に悩まされることになる二人だった。


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