「お願いですから離して頂けませんか」


ため息を吐きながら、背に張り付く人物に声をかける。 すんなりと言う事を聞いてくれるような人ではないことは理解しているのだが、大人しく彼に従っている訳にはいかなかった。


「イヤや」


案の定、返ってくるのは拒否の言葉。それと同時に、自分の身体に回された逞しい腕に更に力がこもったのがわかる。 更にわざとらしくため息を吐いたが、それさえも気に留めないといった風に彼はの肩口の髪を弄っている。


「市丸隊長・・」

「強情やなぁ、


喉の奥で笑う彼の声を耳元に受け、諦めたように手を動かす。 細かく切り刻んだ茶色の破片を掬い上げてボウルに入れ、熱湯の入ったボウルに二重に沈めてゆっくりとかき混ぜる。 その間にの掌の体温で溶け付いたチョコを、彼は自分の唇に引き寄せて舐め取る。 これだから彼の部屋のキッチンを借りてのチョコ作りはお断りしたかったのだ。 困ったように小さく溜息を吐いた。

毎日のようにべったりとくっ付かれることに、最初は戸惑いを隠せずにはいられなかった。 身体全体で抵抗を示し、口からも拒否の言葉を示したというのに、彼は毎日それをする。 毎日毎日求愛されて嫌いでいられるほどは冷たくも情に薄くもなかったようで、結局彼の罠に嵌ってしまった。 恋人という関係を築いてしまったのだ(半強制的ではあったが)。 それからというもの、彼の求愛行動はとうとう場所さえも選ばなくなってしまった。


「それとも、僕のこと嫌い?」


そう言って彼は此方を覗き込む。いつもの、笑ってるんだか真剣なんだか読み取れないあの表情で。 何かを促すような彼の瞳がを映し、やはり言葉を詰まらせる。

嫌いな訳は無い。愛しているとはっきり言えるし、この腕に抱かれなければ落ち着かない時もあるくらいだ。


「そんな訳、ありません。ただ・・」

「ただ?」


ただ、心底愛しているからこそ、怖くなる。のこの感情は、彼を負の方向に導きやしないだろうかと。
だって、は貴方と片時も離れたくなどなくて、身体を繋げている時でさえぶつかるこの身体がもどかしく思えて。


「いっそこんな風にひとつになれたら、そう思ってしまうんです」


言って、ボウルの中の茶色い液体に埋まったヘラを持ち上げる。 ヘラに絡みついた液体はゆっくりと重力に従ってボウルの中に落ちた。


「僕はイヤや」

「そう、ですか・・」


やっぱり、ちょっと飛んだ考えだったかな。少し後悔しつつ、何とか誤魔化そうと顔を後ろに向ける。 と同時に、ちゅ、と可愛らしい音が耳についた。


「それじゃ、こんなこと出来へんもん」

「!」

「あーあ、そんな可愛い顔したらあかんなぁ」


いつもの笑顔を浮かべる彼が目の前にいて、瞬時に何をされたのか理解した。 顔全体に血の気が集中するのがわかるけれど、そんなこと構っていられない。 いつの間にやら彼がを見上げている体制に変えられていて、キッチン台に座らされていることに危機感を覚えた。 奪われたボウルの中身を人差し指に取り、笑みを深くした彼は此方を見る。


「!?隊ちょ、んむッ!」

「はいはい、声上げるんはもうちょい後にしよな?

「ひはでふ(いやです)ーッ!」


melty kiss
(貴方がいるから、幸せです。ただひたすらに。)

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