例えるなら、早朝の雪景色。 誰の足跡もないそれに、子供心にも惹かれたのを覚えてる。


「さっむ・・」


零れる独り言が、白く濁る。 任務を終えた頃には空は白み、真冬の冷気が頬を刺すようにぴりりとした。 空を見上げると白い花が舞い落ちてくるのがわかって、眉をしかめた。 冬の甲斐に雪が降るのは別段可笑しいことではない。 そう、当たり前のことだ。 ・・俺には関係ないけど。


「姫にしては珍しく早起きじゃない」


主への報告も終わり一息つこうと縁側へ向かうと、空を仰ぐように座り込む見慣れた背中を見つけた。


「姫ではありません、です」


呆けたようにぼんやりと空を見ていたらしい姫――ちゃんは口を尖らせてこっちを見上げた。 姫って呼ぶと拗ねるから可笑しくてつい呼んじゃうけど、間違いではない。 彼女は正真正銘、うちの大将である武田信玄様の一人娘。 人懐っこくて純粋で器量も良い、大将自慢の姫様。


「はいはい、ちゃん。・・俺様首はねられちゃわないか心配」

「そんなことさせませんよ、絶対にね」


きっぱりと言い切って笑みを浮かべるちゃん。 その隣に腰を下ろし、俺は苦笑した。 二人で縁側に腰かけて一心に降り積もっていく白を眺める。 距離はいつもより近く、手を伸ばせば届くほどの距離が心地良くて、心地悪かった。 そっと、見つからないように隣を盗み見る。


「佐助も雪が好きなの?」

「へ?」


見惚れていた相手がこっちを向けば驚くのは至極当然のことで、俺は馬鹿みたいな声を上げて目を瞬かせた。 その反応に小首を傾げるちゃんを目にして、うーん、と唸る。雪、か。


「・・・綺麗だと思うよ」


ぽつりと呟いたのは、本心。 綺麗で、綺麗すぎて、俺が触れることは許されないようなそれ。 純白で、柔らかくて、まるで。


「そうね、綺麗。見ていてとても綺麗な気持ちになれるもの」


そう、まるでこの娘のような。 ちゃんは降り積もる雪を見上げて、愛しそうに微笑む。 つい、とこっちを向いた彼女がふわりと笑うと、心が軋んだ気がした。


「冷たいけれど、暖かいしね」

「暖かい?」

「えぇ」


ちゃんは悪戯っぽく笑って、積もり出した雪を掬い上げた。 そのままこっちに戻ってくる。 手を出して、と言われて素直に出すと、血に染まったこの手で触れることは許されないような純白が、俺の手に降り注いだ。


「冷て・・」

「ふふっ」

「・・・でも、暖かいや」


触れることが戸惑われたそれは、じんわりと俺の手に溶け込む。 綺麗で、真っ白で、俺には手の届かないような君が、少しだけ近くなった気がした。

Snow Dance
(舞う雪の中で、君の存在だけが救い)

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