行きたいところなんてなかった。
何処に行ったって虚しいだけだったから。

でも、だからってこれはないんじゃないの?




「お前、病院行った方がいいんじゃねェの?」

「・・・いや、遠慮します・・」


目の前の男は眉根を寄せ、小さく溜息を吐いた。
その彼を見ながらも頭を抱えずにはいられない。
茶店の隅っこの席に座り、と男は顔をつき合わせて話していた。
別世界から来たかも知れないだなんて他人に聞かれたら、頭がおかしいと思われるのがオチだ(いや、も半信半疑だけど)。


「で、お前はどうやってこっちに来たってんだよ?」

「それがわかれば苦労はしないんですけど・・」


もごもごと口篭って、は男から視線を逸らす。
まさかビルから飛び降りたとは言えない。
黙りこくったの耳に、また男の盛大な溜息が聞こえた。


「ったく・・意味わかんねェ」

「・・・すみません」


アンタが謝る必要ねェだろ、彼が苦笑する。
その表情に顔が熱くなるのを感じて、は誤魔化すように頼んだアイスティーに視線を落とす。

どうやらこの世界はたちが学校で習ったような、ただの過去の世界という訳ではないらしい。
その証拠に此処に来るまでに見た往来の人たちは、格好は着物だけど、携帯を持っていたりした。
おまけに犬や猫みたいな顔の人(天人というらしい)がいるのにも驚いた。
これでは未来だか過去だかややこしくなってくる。

が思慮の渦に入っている間、窓の外を見つめていた彼が、何かを決したように此方を向いた。
それに従い、も彼を見つめる。


「お前、名前は?」

、です。

「俺は土方十四郎だ」

「よ・・よろしく」

「よし、行くぞ」


突然自己紹介し出した彼に戸惑いつつ返すと、いきなり彼がの腕を掴んだ。
何事かと目を見張るを余所に、彼はそのまま茶店を出た。
当然、も手を引かれるまま歩みを進める。


「あっ・・あの!?」

「黙ってろ。すぐ着く」


彼は何か焦っているんだろうか。掌が熱くて、少し汗ばんでいた。
夢にさえ思えるような、の世界とは似ても似つかないようなこの世界で、この人の温度は本物だ。
夢だと思うのが失礼なくらい、現実の、男の人だ。
そう思ったら、急に顔が熱くなるのを感じた。



迷想
(本物であって欲しい、そうとさえ思った)


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