Heart to hurt

傷付いた心は、癒される間もなく奪われる。


ただ走った。
走って走って、たどり着いたのが歌舞伎町の万事屋だった。
それだけ。


「馬鹿だよな、お前」

「うるさいな、天パは黙っててよ」


目の前のソファーに踏ん反り返った銀ちゃんは、そんなの言葉さえも馬鹿にしたようにこっちを見てる。
いつもだったら「天パを馬鹿にすんな」とか何とか言って怒るくせに。
銀ちゃんだって馬鹿だよ。 そう言ったら、いつの間に来たのか銀ちゃんが隣に座ってて、抱きしめられてることに気がついた。


のが馬鹿だっつーの」

「なんでよ」

「俺の気持ち知ってて、俺んとこ来るから」


の頭の上に顎を乗せる形で、銀ちゃんはを優しく包むように抱きしめる。
失恋の傷なんて全部包んでしまうかのように、優しく。
それでも相変わらずやる気のない声色で、ゆっくりとの背中を撫でながら銀ちゃんは言葉を続けた。


「フラれたからって、自分のこと好きな男のとこに来るか?」

「銀ちゃんが、フラれたら俺のとこ来いって言ったんじゃん」

「弱ってるとこに付け込むのが俺流なんですー」

「何それ最低」


銀ちゃんの背中に手を回して、ぺちんと殴る。 そのまま、いて、と呟いた銀ちゃんの暖かい胸に顔を擦り寄せた。
暖かい、優しい匂い。 ざわついていた気持ちが落ち着いていくのが自分でもわかる。




「んー?」

「お前、銀さんのこと試してんの?」

「んー?」

「銀さんにだって下心の一つや二つあるからね?」

「んー…、え?」


ぐるりと反転した世界に映ったのは、銀ちゃんと白だけ。
その白が天井だと気付いた時には、銀ちゃんの顔が目前まで迫っていた。
銀ちゃんの熱が、の唇に染み渡る。

あぁ、頭の中、真っ白だ。


「…悪ィ、嘘吐いた」

「…?」

「下心の一つや二つって言ったけどなァ、もっといっぱい。もう数え切れねーわ」


漸く離れた唇でそう紡いでにやりと笑った銀ちゃんの顔が、何だかすごくかっこよく見えた。
不本意だけど、こんな風にされても嫌じゃなかった自分に気付いた。

あとがき

失恋ヒロインに付け込む銀さん。
失恋には新しい恋って言いますしね!両思いとまではいかないまでも、こういうことから始まる恋もアリってことで。