60円の幸福

君もそう感じてくれたなら、もっと幸福になれるのだけれど。


「「あ」」


見事に重なる声と手に、不覚にもドキッとしてしまったのは、突然のことだからとかそういった類の理由ではないと知っている。
・・否、再確認、してしまった。


「ごめんなさいッ」

「悪ィな」


彼女の赤い顔と、困ったような怯えたような声色は、しっかりと心情を表している。
・・・そんなに恐そう?俺。
苦笑しつつふいと冷凍庫の中を覗けば、ソーダ味のアイスがひとつ。


「あらら、最後じゃん」


コンビニは品が少なくていけねェな、と独りごちると、彼女も冷凍庫の中を見る。
きっとこの中のものを買いに来たんだろう彼女は、少し落胆した様子を見せた後、思い切り首を振った。


「あ、いえ、あの、は構いませんからッ!じゃあ!」


そう言って踵を返す彼女。
待って。待って、欲しい。俺は、もっとあんたと喋りたいんだ。
何とか引き止めたくて、少し乱暴に彼女の腕を掴んでしまった。
ビクンと震えた彼女の肩越しに、不安げに曇った顔が覗く。


「あ〜・・まァ、そう言わずに」


咄嗟に腕を掴んだことを後悔した。 知らない男に急に触られたら、そりゃ嫌がるよな。
そう思いつつも、手が離れない。ほんとはずっと、触りたかったから。
その柔らかい感触から手を離せないまま、慣れない笑顔を向けて彼女を安心させようとする。
くそ、こんなことならもっと笑顔の練習しとくんだった。


「一緒に食えば良いんだからさ。な?」


何とかそう言うと、レジに向かって歩き出す。 勿論、彼女の腕は離さない。
あ、もしかして俺、変質者っぽい?
彼女はしつこくもがきつつ俺に向かって話し掛ける。


「あッあの・・こ、困り、ます・・・」


段々小さくなる声。泣きそうな声。やばい、やっぱり怖がらせたか。
レジへ向かう足を止めて、どうすれば彼女と仲良くなれるか考える。
やっぱり触らなければ良かったか、とか、でもすべすべして気持ち良いな、とか。
後悔と煩悩が渦巻く、情けない俺の思考。
でもやっぱり、泣かせるのは嫌で。 名残惜しいけど、彼女の細い腕を離した。


「あ、の・・・」


何も言わずに手を離した俺に驚いたのか、また小さい声が背中にかけられた。
まだ怯えが抜けきっていない。怖がらせたまま、サヨナラなんて嫌だ。
どうしても諦めきれない自分に内心苦笑しつつ、彼女を振り返る。


「あ〜・・じゃあ、やるわ。な、プレゼント。ならいいだろ?」


必死になって彼女の前でアイスをちらつかせると、彼女は赤い顔で見上げてくる。
一瞬固まった後に小さく笑った彼女は、どんなアイスでも冷やせないくらい俺の心を熱くした。

あとがき

お互いにコンビニで見かけてちょっと気になる存在だった、っていう。
いわゆる一目惚れとかビビッときたというやつでしょうか。
頼にはそんな感情は経験したことないのですが、ちょっと憧れております(笑)
銀さんアイスでヒロインを釣って、デートに連れ出すつもりです。