「政宗様、こちらです!」

「おい、!あんまり走るんじゃねぇ!転ぶぞ!」


女は笑って俺の前を走り抜けていく。 輝く太陽のように綺麗に笑っては俺を呼ぶ。 いい笑顔をするようになった、と安心した。 あの時、恐怖に満ちた瞳をして俺を見上げていたが、脳裏に蘇る。


───心配はいらねぇ、俺が世話してやるからよ

───・・・はい・・


記憶も何も失って恐怖に苛まれているはずのを追い出すことなんて出来ない、それだけの理由だった。 だが、ただひたすら俺の後をついてまわり、口を開けば俺の名前を呼ぶに、いつしか俺の心は緩やかに動かされていたらしい。 まるで生まれたばかりの稚児のように美しく純粋なに、愛しさを感じるのは至極自然なことだった。


「きゃあ!」

「・・・言わんこっちゃねぇ」


座り込むに近づいて、呆れたように溜め息を吐く。 昨夜の雨でぬかるんだ地面はただでさえ滑りやすいからと前もって注意しているのに、こいつは。 しゅんとした様子のの傍らに座り、目線を合わせる。


「ったく、何度目だ?」

「申し訳ありません・・」

「ほら、俺の手を離すな。OK?」

「・・はい!」


ぱっと花が咲いたように明るくなる表情。 名前以外の全てを失ったとは思えない、心底楽しそうな。 こいつがこんなに喜ぶなら、何だってしてやろうと思える。 それが俺の宿命だとさえ。 だが、確かにあるこの気持ちは自分にとっては計り知れないもので、いくら近しい者であれど容易く口にすることは戸惑われた。 小十郎にはバレていたようで、問い詰められたが。


「そうですか、それはそれは・・」

「なぁ小十郎、この気持ちはそうなんだろう?」

「政宗様がそうお思いなら、そうなので御座いましょう」


小十郎は最後まで断言しやがらなかった。 それでも、そう思わずにいられないくらい気持ちが大きくなってきているのもわかる。 こんな気持ちは初めてだった。



THANKS FOR READING!
ブラウザバックでお戻りください。